海に囲まれた長崎という土地は,昔から豊かな海の恵みとともに歩んできています. その中で,長崎大学・海洋未来イノベーション機構・環東シナ海環境資源研究センターは,海と人の未来のために日々さまざまな研究と教育に取り組んでいます.2005年に水産学部附属水産実験所を発展的に改組して生まれたこのセンターは,現在では水産学と工学を結びつける大切な拠点として,学内外の多くの研究者とともに活動を広げています.
本センターには「環境保全科学分野」と「生物資源生産科学分野」があり,それぞれが海洋環境の保全や生物資源の持続的利用など,幅広いテーマに取り組んでいます.
東シナ海は,日本・中国・韓国・台湾の4つの国と地域が利用する国際的な海域であり,世界でも有数の生物多様性を育んでいます.その一方で,地球温暖化による海水温の上昇,富栄養化,マイクロプラスチック,海洋酸性化,底層の貧酸素化など,さまざまな環境問題が複雑に絡み合っています.黒潮の流路変動の終息に伴う魚類の分布変化や温暖化による漁場の変動は,地域の水産業に新たな課題を投げかけています.
こうした環境変動を前に,海藻や藻場が持つ炭素固定機能に注目したブルーカーボン生態系の評価や,海藻が光合成により生成した有機炭素の量,海水への流出量,堆積物への貯留量の高精度定量化を目指す研究が行われています.海洋生態系の保全と気候変動対策を両立させる取り組みとして,国際的にも期待が高まっています.
また,海に囲まれた長崎県にとって,海洋生物資源だけでなく,風力や潮流といった海洋エネルギーを活かす研究は大きな意義があります.近年は,洋上風力発電の導入が進む中で,海洋環境や漁業との共存を図る研究も重要性を増しており,魚類の行動モニタリングをはじめとした環境影響評価や,漁場との調和に向けた取り組みを進めています.本機構の専任教員だけでなく,水産学部や環境科学部,工学部との連携を行い,再生可能エネルギーを活用した新しい漁業・増養殖技術の開発にも挑戦しており,地域の持続可能な産業づくりに貢献しています.
現在,生物資源の分野においてブリなどの完全養殖が大きな注目を集めています.天然資源に頼らず,安定した供給を実現するために,成熟制御,初期餌料の最適化,遺伝的多様性の維持など,生殖生理から応用技術まで多角的な研究が進められています.完全養殖は天然資源への依存を減らし,気候変動や資源変動に左右されにくい持続的な生産体制を築くための重要な技術となっています.
教育の面では,センターの教員が大学院教育や学部教育だけでなく,全学向けのモジュール科目やグローバル科目にも積極的に携わっています.文部科学省から「教育関係共同利用拠点」に認定されて以来,全国の学生が東シナ海を舞台に学べる実験・実習を提供しています.また,広島大学・京都大学・北海道大学とともに立ち上げた「水産海洋実践ネットワーク」では,公開臨海実習や単位互換,海外大学との相互実習など,多彩な学びの場を広げています. さらに,本センターは国立研究機関や長崎県との連携にも力を入れています.水産研究・教育機構の水産技術研究所や長崎県総合水産試験場とともに「長崎水産研究三機関連絡会議」を運営し,共同研究や市民への情報発信を進めています. 長崎大学は2020年に「プラネタリーヘルス」の実現を掲げ,気候変動や環境汚染,新興感染症,人口問題,食糧問題など,地球規模の課題に向き合う新しい挑戦を始めています.東シナ海という豊かなフィールドを活かしながら,海や生き物を愛し,地球環境に真剣に向き合う若い世代が国内外から集い,新しい水産科学の未来をともに切り開いてくれることを心から願っています.
これからも,多くの皆さまにセンターの教育・研究活動をご理解いただき,温かいご支援を賜れましたら幸いです.
長阪 玲子 ・センター長