長崎大学海洋未来イノベーション機構環東シナ海環境資源研究センターは, 2005年4月に, 水産学部附属水産実験所を拡充改組する形で全学共同利用施設として設立された教育研究組織です。 以降, 改組を経て, 現在は海洋未来イノベーション機構において水産学と工学分野の懸け橋として重要な 役割を果たしています。本センターは環境保全科学分野と生物資源生産科学分野から構成されています。 環境保全科学分野では, 海洋における物質循環・生物生産の基礎に着目し, 海洋生態系の保全と回復に向けた研究に取り組んでいます。 また, 生物資源生産科学分野では, 海洋生物資源の持続的生産を可能とするために, 海洋生物の再生産力と環境変動とを関連付けて理解するための研究に取り組んでいます。
「東シナ海」は, 日本・中国・韓国・台湾の4か国が海洋水産資源を利用する国際水域です。 世界でも有数の海洋性生物資源に恵まれた豊かな海でありますが, この海を取り巻く国々に世界人口の20%が集まることから, 人間活動の影響を受けやすい海でもあります。地球温暖化による海水温の上昇, 陸域由来の栄養塩の過剰供給による富栄養化, 海洋ごみ問題に端を発するマイクロプラスチックの問題等々, この海で生じている環境問題は, 世界で起こっている環境問題の縮図とも言えます。 このような問題は, 海洋生態系に影響を与えるとともに, 私たちの健康, 漁業や養殖業といった水産業への影響も無関係ではない状況となっています。 また, 私たちが利用してきた水産資源の多くは過剰漁獲と環境変動により激減しており, 資源維持と再生は危機的状況にあります。しかし, 世界における水産物の需要増加は続いており, 欧州各国, 中国をはじめ多くの地域では漁業・養殖業の拡大は続いています。 こうした中, 2015年の国連サミットにおいて17の目標を定めた「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択され, 持続可能な開発目標(SDGs)が示されました。その14番目の目標として「海洋と海洋資源を持続可能な開発に向けて保全し持続可能な形で利用する」ことが謳われています。
他方, 四方を海に囲まれた長崎県にとって, 海洋生物資源のみならず, 風力や潮流などの海洋の潜在的なエネルギーを活用していくための研究開発に取り組むことは, きわめて魅力的な課題です。海洋再生可能エネルギー開発が海洋環境や漁業に及ぼす影響の評価, 生み出された再生可能エネルギーを活用した新たな漁業・増養殖技術の創出に関する研究を, 本機構の専任教員, 水産学部や環境科学部, さらには工学部との連携で積極的に進めています。
本センターの教員は, 水産・環境科学総合研究科における大学院教育, 水産学部・工学部の学部教育ばかりではなく, モジュール科目やグローバル科目などの全学教育にも携わっています。さらには, 平成27年度から文部科学省より「教育関係共同利用拠点」に認定され, 全国の学生や大学院生を対象とした東シナ海のフィールド科学に関する実験・実習科目を開講しています。さらに, 水産海洋科学分野における実践教育を全国の大学生に提供するために, 本センターが中心となり, 広島大学・京都大学・北海道大学とともに「水産海洋実践ネットワーク」を立ち上げ, 共同での公開臨海実習を提供するとともに, 単位互換制度による他の3大学からの実習生の受け入れや実習等の共同実施, そして海外の大学との相互実習の実施なども積極的に展開しており, 文部科学省からも高い評価を得ています。
また, キャンパス内の施設と異なる本センターの出先施設としての大きな役割として, 教育研究ばかりではなく, 国立の研究機関と長崎県との連携も積極的に進めています。水産研究・教育機構水産技術研究所(旧西海区水産研究所) および長崎県総合水産試験場と進めている「長崎水産研究三機関連絡会議」を通じて, 水産海洋研究に関する共同研究や市民の皆さんへ 向けた情報発信を積極的に進めています。
長崎大学は2020年1月に新たな大学の在り方を目指して「プラネタリーヘルス」の実現という目標を掲げています。 21世紀を迎えた私たちの地球は, 気候変動, 環境汚染, 新型コロナウイルス感染症に代表される未知の感染症や疾患との闘いに加え, 人口問題, 食糧問題, 格差, 宗教や文化の対立, 紛争といった多くの課題を抱えています。プラネタリーヘルスとは, 多様化し相互に絡み合うこれらの問題に対し, 有機的な知の連鎖を誘発させ, 活性化させるという長崎大学の新たな挑戦なのです。 プラネタリーヘルスで掲げる問題の解決の糸口はフィールドにあります。世界で有数の海洋生物資源を誇る東シナ海をフィールドに持ち, その中で基礎から応用・実用までの多様な研究を自由な発想で展開していきます。海に浸り, 生物の不思議さがたまらなく好きで, 東シナ海をはじめとする地球環境問題に正面から向き合える自由な発想をもった若者たちが日本のみならず世界から我々の研究の志に共感して長崎に集い, 新しい水産科学のパラダイムシフト, 技術のブレークスルーを目指してくれることを期待しています。
多くの方々に, 本センターの教育研究活動にご理解を賜り, ご支援をいただくようにお願い申し上げます。
河邊 玲 ・センター長